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ベルギーに住み始めて早くも3年目。ベルギー生活やヨーロッパ旅行、日々のことなど。特にこだわりも無い気ままな日記。

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ありがとうございました。

最終日の朝はウェストフレテレン(Westvleteren)と共に。

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これまで飲んだベルギービールは99種類だったのよね。
そんな話をしたら職場の方がブリュッセルで購入して来てくれて。
甘くて少し柑橘系の香り。とても良い香り。
味の方も苦味と甘味のバランスがとても良くて心地良いね。
最後に極上のビールをいただきました!
これで100種類!


そして朝っぱらからビールを飲んでほろ酔い気味にルーヴェンを散歩。

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毎日のように見ていた光景。
毎日のように聖ペテロ教会のチャイムを聞いていた。



さて。
夕方の便でブリュッセル空港を発ちます。
2年10ヵ月のベルギー生活は今日で終了。

ベルブロ更新もこれで最後。
2010年4月1日に開始したから丸3年。
キリが良いね。

お付き合い頂いた皆さま。
本当にありがとうございました。

読んでコメントやメールを送ってくれた皆さま、
「読んでるよ~」と声掛けてくれた皆さまの言葉が
励みとなって飽きっぽい私でも続けて来れました。
また文章にすることで自分自身の記録になっただけでなく
自分が励まされることもありました。

ブログを継続する行為自体が
異国の地で自分を強く保つための支えの1つになってました。



今日はイースター。
復活では無いけれど日本へ復帰します。
まあ、ぼちぼちとね。
これからも頑張って行きたいと思います!

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ゴッホの足跡を辿る -- Auvers-sur-Oise --

2012年9月。
日本から遊びに来た両親と共に
ゴッホ終焉の地オーヴェル=シュル=オワーズを訪れた。

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街並みの様子

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1890年5月。
サン=レミの精神病院を退院したゴッホは
パリを経由してこのオーヴェルにやって来た。
ゴッホの最後は1890年7月とのことなので
この街で過ごしたのはほんの2か月ほど。

でもゴッホの足跡を残す痕跡は数多く残されていたね。

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ゴッホが住んだ家。
いまはレストランになってたね。

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公園内のゴッホ像

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オーヴェルの教会
ひっそりとした教会は中も雰囲気十分。

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ゴッホを診ていたガシェ医師

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ガシェ通りなんてものまで出来ててね。

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彼の家跡


ゴッホが眠る墓もこの街に。
ゴッホの死から半年後に追うように亡くなった最愛の弟テオと共に。


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[ 2013/03/30 23:52 ] ■他の国  フランス | TB(0) | CM(2)

ゴッホの足跡を辿る -- Saint-Remy --

2011年10月。
アルルからバスに乗って1時間ほどのサン=レミを訪れた。

ゴッホが1889年5月から1890年5月までの1年間を過ごした町。
アルルで精神障害を患ったゴッホはサン=レミにある精神病院に移った。

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お店も街並みも古い小さな田舎町。

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お目当てのサンポール・ド・モーゾール修道院を目指して歩くと
こんな通りが。

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30分ほど歩いてサンポール・ド・モーゾール修道院に到着。
ゴッホの入っていた精神病院はこの修道院に併設されていたとか。
当日は私以外に観光客も誰も居なくてね。静寂。

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[ 2013/03/30 23:40 ] ■他の国  フランス | TB(0) | CM(2)

ゴッホの足跡を辿る -- Arles --

2011年10月。
古代ローマ都市であった南仏アルルを訪問した。

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街の入り口

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闘技場1

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闘技場2

ゴッホは1888年2月から1889年5月までの期間を
古代ローマの面影が残るこの街で過ごした。

ゴッホが絵を描いたポイントを中心に歩いて周った。



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「アルルの跳ね橋」が描かれたポイント


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「黄色い家」が描かれたポイント
ゴーギャンと共同生活を送った場所もこの場所。


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アルルの市立病院跡
ゴーギャンとの共同生活が終焉を迎えた後
ゴッホはここに収容されていた。

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「夜のカフェテラス」が描かれたポイント。
絵画の雰囲気が再現されていて嬉しい。

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「夜のカフェテラス」が描かれたポイント店内。
正直、味はいまいち。

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「ローヌ川の星月夜」が描かれたポイント

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街なかの肖像
[ 2013/03/30 23:32 ] ■他の国  フランス | TB(0) | CM(2)

ゴッホの足跡を辿る -- Wasmes & Cuesmes --

帰国前に“ファン・ゴッホの足跡を巡る旅”に
関してはどうしても書いておきたいのさ。
関連記事

私なりのゴッホの絵の楽しみ方。
絵の背景を想像すること。
絵に込められた心情・心情の変化を想像すること。

想像力をより高めるために
彼が移り住んだ街のいくつかを訪問した。

その中の一部を写真を中心に~。



まずはゴッホが画家になる転機となった
ベルギー国内の2つの家を。
ボリナージュ時代ってやつだねぇ。



ベルギー内の2つの家はMons近郊に。

2012年9月。
Wasmesのゴッホの家を訪ねた。

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Saint-Ghislain駅
Monsから電車で西の方角に3駅ほどだったかな。
立派な建物だけど周りには何も無くて、ポツンと、って感じ。

この駅がWasmesへの最寄り駅。
ここから歩いて1時間半ほど。
そう。いつもながら歩き過ぎ。
道すがら撮った写真を何枚か。

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おお。ようやくWasmesの看板が。
この時すでに1時間以上歩いてたねぇ。

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とても小さな町。
古びたカフェ。

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Wasmesのゴッホの家
ネット上でも限られた情報しか見つけられなかったもので
無事に到着できるか多少不安はあったのだけどね。
ネットで見た写真と同じ家を見つけて安堵。
小さな・静かな町にポツンとあった。

この家は2015年にゴッホ記念館として生まれ変わるらしい。


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家に取り付けていたプレート。
1978-1979。
ゴッホはこの間ここに居た。




牧師の家で生まれた影響で
画家になる前に目指したのは聖職者。
(その前は画商の仕事もしたとか)
けれど神学の勉強で挫折。
それでも諦めきれずに伝道師を目指し
ボリナージュ地方で伝道活動を開始。
当時のボリナージュは炭鉱地帯で
貧しい人々も多かったらしい。

伝道活動は一度は認められて伝道師の仮免許を
受けられたものの“熱意の行き過ぎ”で
正式な伝道師にはなれなかったんだとか。

いくつかのゴッホに関する書物を読んだところ
ゴッホはとても気性が激しく、また思いこんだら
トコトンやる傾向があったようだね。


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Cuesmesのゴッホの家。
こちらはMons駅から徒歩15分ほどだったかな。
1879-1880の間、ゴッホはここに住んでいたらしい。
ここは記念館として整備されてた。
建物内ではゴッホの紹介VTRも。


Wasmes時代から素描は開始していたようだけど
Cuesmes時代はより本格的に絵を描き始めていたらしい。
伝道師での挫折が転機となって元々興味を持っていた絵に対して
傾いていったのかな。
[ 2013/03/30 23:25 ] ■ベルギー  他の街 | TB(0) | CM(2)
プロフィール

GetGoaler

Author:GetGoaler
海外生活初体験。ベルギー。
わからない事だらけだけど
ま、行ってみますか。

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